ダウン症のこと

「みな君ダウン症かもって」と親族へ伝えた時の話

  • LINEで送る

赤ちゃんの誕生を心待ちにしていた親族にどう伝えるか、我が家の場合は全く悩みませんでした。

 

 

伝える相手が1人しかいないうえ、突き放されることはないので楽な気持ちで伝えることができました。

 

パパ側はご両親共に他界されていて(お二人とママも会ったことありません)、ママ側は母子家庭なので…

 

 

ということで、先生から告知されてすぐにママは母に電話しました。

 

 

「みな君、ダウン症かもって」

 

 

さすがに母も一瞬言葉を失いました(笑

そのあと、どんな順番で言われたかは定かではないのですがこんな感じのことを言っていました。

 

 

「え、どこが、パパそっくりな顔なのに」

「早産だから呼吸が安定しないだけじゃないの?」

「もしそうでも、私の可愛い孫には変わりないから」

「まだ調べたわけじゃないんでしょ、絶対違うと思う」

「本当にそうだとしても大丈夫、みんなで育てていこう」

 

 

母は、染色体検査の結果が出るまで「ダウン症じゃない可能性」にかけていました(笑

 

ちなみにみな君の場合、染色体検査に出して結果が出るまで2週間かかりました。

 

 

母からすぐにママの姉弟、祖母、叔父、叔母、従姉妹に伝わったわけですが、

 

 

「まー、また大変な子を授かって」

「障害のある子は福の子っていうから大切に育てなかんぞ」

「何があっても可愛い甥っ子」

「ふつーに可愛い赤ちゃん」

 

 

などなど、軽めのノリでした。

ちなみにパパの弟に伝えた時も「ふーん」くらいなものでした。

 

反応は軽かったものの、その後それぞれがダウン症について調べたようですが…

ダウン症と確定してからは、本を買って勉強したりもしてるみたいです。

 

 

今では、みんな溺愛してくれています。

 

みな君がダウン症であるということよりも、生まれてすぐに抱っこ出来なかったことのほうが悔やまれるというほどにです。

 

 

里帰り出産予定で実家に帰ったのに、やめてトンボ帰りして産んだので…

 

出産翌日に愛知から駆けつけた母は「みな君を抱っこしたい」と新生児室の看護師さんに頼み込み、保育器から出せないからと断られました。

 

結局、母がみな君を抱っこ出来たのは生後1ヶ月をすぎてからでした。

 

 

きっと、「愛知で1ヶ月も入院してたらパパに会えないから埼玉に帰って」っていうみな君からのテレパシーだったんだな〜

 

 

  • LINEで送る

コメントを残す

*